HAGIBLOG

自転車とお菓子作り

ジャージが修理から戻ってきた

 

男鹿半島で思いっきりすっ転けたのは8月のことだった。アスファルトの上に吹っ飛ばされて、ジャージに大きな穴があいた。幸いにというかこのメーカーでは落車によるダメージは無償修理してくれるらしいので、穴あきジャージはメーカー所在国のイギリスに旅立っていった、と、ここまでは前に書いた。

その後のこと。忘れた頃にでもないけど季節が夏から秋へと移り変わった頃に、運送屋さんが何か海外からの小包を届けに来たと思ったら、それが修理されて戻ってきた僕のジャージだった。

どんなふうに直したのかなあと見てみると、穴の周辺部分——部分というよりわりと大きな面積を、同じ生地で継ぎはぎする形で直されていた。細かいほつれもていねいに繕ってある。でも、自転車のジャージは体にぴったり合わせたものなので、もしかすると縫い目が気になったりするのかな。まだ袖を通していないのでわからないけど。まあ大丈夫でしょう。

そんなことよりも、この「一つだけ」感はちょっとうれしい気がする。修繕されて戻ってきたこいつは、世界に一つだけのジャージになったのだ。メーカー下請けの小さな工場で働いているイギリスのおばちゃんが、手縫いで直してくれたのだろう。…というのはまったく想像でしかないが。

 

ロンドン郊外。秋になって急に寒さが覆い被さっている。今朝は一段と冷え込んだ、そう思いながらおばちゃんは職場に向かう。同僚とあいさつを交わしながら、いつもの自分の作業台につく。今日は何を縫おうか。世界の各地から送られてきた修理を待つジャージの中から、なにげなく目についた臙脂色のジャージを手に取る。ジャージを広げ、表と裏を交互に見ながら傷の状態を確かめる。どうやって直そうかと少し考えてみるが、悩むほどでもない。直す方法はいくつか思いつくけれども、経験から一つの筋道を瞬時に選んでいる。いちばん簡単な、目をつむっていても間違えない筋道を。

新しい生地をストックしている棚から、ジャージと同じ生地を探し出してきて作業台の上に広げる。はさみで適当な大きさに裁断し、それから計測したサイズに合わせて厳密に形を取る。マチ針でジャージに生地を仮止めする。ミシンの針に糸を通す。

お昼になったので、おばちゃんは作業の手を止める。お茶を入れて、持ってきたチーズとピクルスのサンドウィッチを食べはじめる。同僚の、よくしゃべる年下の女の子の話を聞きながら。

午後からまた自分の作業台に戻り、ミシンをカタカタいわせて生地を縫い付けていく。ミシンの音は心を落ち着かせ、神経を針先へ集中させる。縫いはじめてから完成まではあっという間だ。出来上がったジャージを見ていると、ささやかな満足感を覚えている自分に気づく。穴があいている衣服は、気持ちが悪い。それをちゃんと繕ってやることで、衣服が衣服としてよみがえるのだ。

伝票にサインをして、出来上がったジャージを「修理完了」と書かれた棚に置く。そしてまた、すり切れたジャージを一つ選んで持ち場に戻る。でも今日は一仕事してしまったから、明日から始めようかと思う。熱いお茶を入れ直して、隣の女の子に渡す。時間までおしゃべりでもしましょう、というように。

 

おばちゃんは、ミシンを扱いながら、このXSサイズの小さいジャージを着る自転車乗りのことを思っただろうか。東北の、男鹿半島の空気の匂いを嗅いだろうか。ジャージに聞いても答えは返ってこない。